筆跡鑑定 メールマガジン 第16号








★☆★「知らないと損する筆跡鑑定の話」第16号 ★☆★



「季節外れのカニ鑑定書」の害



  今年(24年)の夏から秋に掛けて、立て続けに意見書を3本書きました。既に別の鑑定人
  から誤った鑑定書が出されていて、納得のいかない弁護士さんから正しい鑑定書と同時
  に意見書も書いてくれと依頼されたからです。


  また、意見書を出すほどでもない幼稚な鑑定書も2本ありました。これは、鑑定書を作
  成するだけで反論書や意見書は作りません。依頼人に必要以上のお金を掛けさせないよ
  うにと考え、弁護士さんとも「これだけしっかりした鑑定書があれば、意見書まではい
  りませんね」と意見が一致したからです。


  いずれにしても、たった3か月の間に、誤った鑑定書5本に対応することになりました。
  私の今までのペースでは、意見書や反論書を書くのは年に、5〜6回程度でしたから、
  今年は異例に多かったことになります。


  このような、誤った鑑定書を書く鑑定人は私が知っている限り常連です。そして、その
  鑑定書が及ぼす害悪は大きいのです。当事者にとっても弁護士先生にとっても「悲しい
  結果になる鑑定書」といえるでしょう。


  今回は、何故、そのような鑑定書が出来上がるのか、そして、その誤った鑑定書の実態
  とはどのようなものかを知って頂いて、そのような、悲しい結果にならないよう気をつ
  けて頂きたいと思ってこの項を書いています。


  ■ 誤った鑑定書には依頼人側の問題もある


  誤った鑑定書が出来上がるのには、依頼人サイドと鑑定人サイドの両方に問題がありま
  す。もちろん、プロである鑑定人の方がはるかに罪は重いのは当然ですが、依頼人サイ
  ドにもご注意頂きたいことがあります。


  わたしは、鑑定に先立ち事前調査を行い、依頼人の希望と異なる場合には鑑定書作成を
  辞退するようにしています。いくら、依頼者の望みとはいえ、自分が信じられない鑑定
  書を書くことは、専門家としての社会的役割から良心が許さないからです。


  このあたりは、弁護士の先生方とは微妙な違いがあるようです。弁護士先生は、社会正
  義を貫くと同時に依頼人の権利を守るという二つの立場があります。しかし、筆跡鑑定
  人は、専門技術者として真相を解明するのが役割であるからです。


  しかし、弁護士の先生としても、誤った鑑定書による被害は大きいでしょう。誤った鑑
  定書を信じて進めてきて、公判も最後の方になって鑑定書が誤っていたことを知ったら
  たまったものではありません。相応の条件で和解するチャンスも失ってしまうのではな
  いでしょうか。


  私の場合は、依頼人にどれほど同情すべき事情があったとしても、それによって鑑定を
  曲げては存在意義がありません。遺言書などは、書いた本人は亡くなっているわけです
  から、悪意はなくとも誤った判断をしてしまうことはあり得るわけです。したがって、
  私は、ご相談を受けたうちの約三割はお断りすることになります。


  しかし、世の中には、私とはスタンスの異なる鑑定人がおります。そういう鑑定人は、
  相談のあった事案は、何によれず「おっしゃる通りです」と受けてしまうようです。受
  託しなければお金にならないからでしょう。


  「いや、そうとは言い切れないだろう、鑑定人としての見解の相違ということがあるの
  では?」とお感じの方もいらっしゃるでしょう。しかし、私が今までに対決した数十件
  の反論鑑定書は、そんな高邁なものは一つもありません。


  私も、鑑定人として、見解の違いについてなど高度な論戦などしてみたいものだと思い
  ます。それは、自分の技術水準の向上にもなるでしょう。しかし、現実は違います。ほ
  ぼ全てがそんなレベルのものではなく、見え見えの「インチキ鑑定書」という程度のも
  のなのです。


  ■ いい加減な鑑定書はボリュームがある


  このような、誤った鑑定書に共通する傾向があります。一つは、鑑定書の体裁です。何
  と言っても分厚いのです。ざっと大学ノート二冊分くらいあります。さぞかし中身があ
  るだろうと思えば、本当の鑑定部分は全体の2割も無いことが多いのです。つまり、1
  00〜200頁もあるうち、本当の鑑定部分は10〜15頁しかないのです。


  あとは、仰々しく、古めかしく、何を言っているのやらという程度の、専門用語をちり
  ばめた筆跡鑑定の一般論。それと、自己のキャリアなどの宣伝です。自己のキャリアに
  ついてある科捜研のOBは、学会での活動やら何やらそれだけで7〜8頁もあります。


  私は、この手の鑑定書を見ると、いつも「季節外れのカニ」を連想してしまいます。つ
  まり、概観は威風堂々としているが、中身はスカスカでとても食べられたものではない
  という意味です。


  一言でいって素人騙しの鑑定書です。素人の中には、その堂々とした外観から「さすが、
  安くはない金をとるだけのことはある」と感動する人もいるかも知れませんが。


  しかし、このような鑑定書は、裁判上も効果はなく裁判官には否定的に見られるでしょ
  う。いうまでもなく裁判官は極めて多忙な人種です。そういう裁判官から見たら、無用
  な夾雑物ばかりの鑑定書など、手に取っただけで舌打ちしてしたくなるのではないでし
  ょうか。


  私は鑑定人なら、鑑定の中身で勝負して貰いたいものだと思います。「科捜研出身」だ
  の「法科学」だのと盛り込む鑑定人ほど中身がなく「虎の威」を借りているのが見え見
  えです。「虎の威鑑定人」の「季節外れのカニ鑑定書」にはうんざりしています。


  優れた鑑定書とは、簡潔に要点を捉え、文章は簡明で分かりやすく、さっと読んで要点
  がよく理解されるという鑑定書でしょう。それに近い鑑定書を書く人が大阪に1人いま
  す。私は、例えば反対の立場で読んでいても、そういう鑑定書には感心させられてしま
  います。


  ■ 短絡傾向で感情的な依頼者は悪徳鑑定人のよい餌食になる。


  つぎに、そのような「季節外れのカニ鑑定書}がなぜ、出来てしまうのだろうかという
  ことです。…もちろん、書く鑑定人がいるからというのは当然ですが、それだけではな
  く、依頼人の方にも多少の問題があるように思います。


  私の経験でこういうことがありました。あるとき、三人の家族の訪問を受けました。6
  0代の母親と30代と思われる息子が二人です。東京から2〜3時間かかる地域から三
  人揃ってお見えになったのです。


  父親が亡くなり、ある借用書が問題になっていて、その家族は父親はそんな金は絶対に
  借りてはいない、偽造されたものだというのです。特に長男が強く主張し、母親と次男
  はそれに引きずられている様子です。


  点検したところ、どうもそうではなく、父親の筆跡の可能性が高いものでした。ただ、
  微妙なところがあり簡単には言えません。そこで、「微妙なところがあるので少し時間
  を頂けませんか。じっくり事前調査してみたいのですが…」といいました。


  すると長男が怒り出しました。「こんなにはっきりしているのに分からないのですか、
  ほら、この文字などまるで違うじゃありませんか」と激しい調子でまくしたてます。 
  「いや、確かにその文字はそうかも知れませんが、そういうことはよくあることで… 
  …」と私。


  こんな調子で二、三繰り返しているうち、その長男は「お母さん、もう帰りましょ! 
  この鑑定人じゃ話になりませんよ。別の鑑定人を探しましょ!」と腰を上げる始末。私
  も色々な人に会っていますが、この男性のように短気で思い込みの強い人は初めてでし
  た。


  結局、二時間以上もかけてわざわざ出かけてきたのに、三十分足らずで本当の話し合い
  もなくお帰りになりました。実はこのような人が不良鑑定人のよいカモになるのです。


  不良鑑定人からみたら、こういう短絡思考の人ほど騙しやすい相手はいません。「そう
  そう、おっしゃる通りです。負けないようなしっかりした鑑定書を作りましょう」とな
  って、高い金を取られ「季節外れのカニ鑑定書」を頂戴するということになります。


  ■ 鑑定人は、誘惑に負けない倫理観が求められる。


  また、数年前こういうこともありました。かなりローカルな地域の社長さんからの電話
  です。「先生を実力のある方と見込んでお願いがあります」といいます。「えっ、何で
  すか」と聞くと次のような話です。


  「実は、家内がある役員に誹謗の手紙を出したとされて、筆跡鑑定をしたのですが、間
  違った鑑定書で裁判で負けてしまったのです。先生にぜひとも見て頂きたいのです」と
  いうのです。関西の著名な大学の先生に見て貰ったら、違うようですねと言われたとも
  いいます。


  その鑑定書とその他の資料を送ってもらって点検しました。どう見ても奥さんの筆跡と
  同一です。「折角ですが、私はこの鑑定人と同じ意見です。鑑定書は作れません」と電
  話すると、つぎのような言い分です。


  「絶対にそんな筈はありません。先生、もっと詳しく見て下さいよ。難しい鑑定だと1
  00万位はかかるでしょう。その3倍や4倍位かかっても構いません」。結局、辞退し
  ましたが、「日本の鑑定の水準とはそんなものですか!」と最後は怒ってしまいました。


  このような方が悪徳鑑定人に出会ったら、ひとたまりもないでしょう。赤子の手をひね
  る如く、騙されてしまうに違いありません。……そのようなわけで、「季節外れのカニ
  鑑定書」がはびこるのは、悪徳鑑定人だけの問題ではありません。


  お気の毒ですが、依頼人のほうにも原因の一旦はあるのです。結局、冷静な判断ができ
  ない。激高してしまうなどの単眼思考の方が被害に遭やすいのです。もちろん、最初か
  らウソを書く鑑定人を探して、裁判を有利に進めようとの確信犯もいます。


  弁護士先生は、そんな危ない雰囲気を感じたら、簡易鑑定の費用(9万円)を出させて、
  状況を確かめてからお引き受けになられてはいかがでしょう。「人間には勘違いという
  こともあるからね」とでも伝えて。責任ある代理人を務めるには当然ではないかと思い
  ますが。


  ■ 問題の鑑定書の三つのウソ


  今回、意見書を書いた三人の鑑定人について、どのような内容だったのか、その一端を
  お知らせして、今後、鑑定を依頼する方のご参考に供したいと思います。


  最も罪の軽い順にいいますと、一人は、調査するべき文字を極端に少ししか取り上げな
  いのです。鑑定に使える文字が10字もあるのに4文字程度で済ましています。簡易鑑
  定とか所見書ならばそれもあるでしょうが、100頁もある本鑑定書だから訳が分かり
  ません。


  また、鑑定途中の説明と最後の結論が食い違っています。途中まで信じていた方向が、
  鑑定を進めた結果食い違いが生じて無理やり結論を捻じ曲げた形跡が濃厚です。調査文
  字が少ないのはそのための様子です。つまり、途中で調査するほどポロが出ると分かっ
  たのでしょう。


  そのためか、資料は、鑑定に使わないものまでたくさん添付しています。おかげで、こ
  ちらサイドでは手に入らないその資料を活用してしっかりした反対の鑑定書を作ること
  ができました。この鑑定人は、「悪徳」とまでは言えないかも知れませんが、しかし、
  承知のうえでウソの結論を書いていることは間違いありません。


  つぎは、亡くなった母親の遺言書を娘の偽造だとした鑑定書です。遺言書に書いてある
  娘の名前の文字を、彼女の手紙などから拾って同筆……つまり遺言書は娘の偽造だとし
  ています。


  この鑑定人は、科捜研のOBで、鑑定書のプロフィールには7〜8ページもの自己紹介
  があります。やれ〇〇学会の会員だとか、どこに論文発表をしたとか麗々しく実に盛り
  だくさんに書いてあります。また、鑑定書中には「法科学」や「科学捜査研究所出身」
  など、うるさいくらい何度も書き込んでいます。


  私から見るに、鑑定内容の貧弱さをそういうものでカバーしようとしているようです。
  確かに、世の中には鑑定の中身は見ても分からないと決め込んでいる人もいますので、
  そういう人には一定の効果はあるのかも知れません。


  実際、この鑑定人の鑑定書は「A字とB字の画線部の書き方には類似性が見られる」等
  の説明がほとんどで「どこがどのように類似しているのか」との具体説明は皆無です。
  これは、権威者がいうのだから信じなさいという科学性ゼロの高飛車な鑑定というべき
  でしょう。


  そして「A字とB字の画線部の書き方には「相違性」が見られる」というように、「類
  似」と「相違」の文字を入れ替えればどんな結論でも自由自在という、手品のような鑑
  定です。


  この鑑定人の今回の問題は、娘と母親の筆跡比較において、娘の裁判所ででの「宣誓」
  への署名を取り上げないことです。手紙やメモ書きへの筆跡に比べて、裁判所で行った
  宣誓への署名は最も信頼できるものでしょう。それを使わないのは、同一人との結論に
  合致しないからのようです。この鑑定人は、杜撰極まりない鑑定の実際と、資料を操作
  していることが問題です。


  ■ 依頼者の筆跡を模写して、それを使っての鑑定とは?


  最後の一人は、これこそ「悪徳鑑定人」と言われて仕方がないでしょう。この鑑定人は、
  何と「鑑定対象の当事者の筆跡を模写し、それを使って鑑定をしている」のです。これ
  は詐欺といってよいのではないでしょうか。


  「これは模写です。これを使って筆跡特徴を説明します」とでもあればまだしも、当人
  の筆跡としか見えない模写を使っての鑑定など、到底許されることではありません。


  ……ということで、私は、同業者のこんな醜態をお知らせしたくはありません。鑑定人
  とはこんなものかと思われるのは同業者としてつらいのです。しかし、このような鑑定
  書は、不要な紛糾を作り出す社会悪です。それは許せません。


  また、依頼者や若手の弁護士先生などにも、このような裏があることを知って頂いて、
  なんとか、悲しい結末になる依頼者を減らしたいのです。

                                             終わり


 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
関連サイト http://www.kcon-nemoto.com

事務所
〒227-0043 神奈川県横浜市青葉区藤が丘2−2−1−702 
メール kindai@kcon-nemoto.com
TEL:045-972-1480
FAX:045-972-1480
MOBILE:090-1406-4899

メールマガジン目次へ戻る

トップページへ戻る

Copyright (c) 2012 一般社団法人日本筆跡鑑定人協会 All rights reserved.