筆跡鑑定 メールマガジン 第17号








★☆★「知らないと損する筆跡鑑定の話」第17号 ★☆★



筆跡鑑定はどこまで信用できるのか


  ■ 「心理学」が分からない鑑定には限界がある

  裁判官を含む司法の世界では、筆跡鑑定の信頼性は限定的であると言われています。指紋
  やDNA鑑定のように科学的に数値的にはっきりしないからだ言われます。しかし、それ
  は私に言わせると半分は正解ですが、半分は理解不足だと思います。


  私は、ホームページでも「精密鑑定」を標榜しています。それは、多くの警察官OBの鑑
  定人よりも、ずっと深く掘り下げて精密な鑑定をしているという自負があるからです。具
  体的に言えば、多くの鑑定は、「ここが類似している」「ここが相違している」というも
  のを積み重ねて、同筆、異筆としています。


  しかし、私は、「この筆跡特徴はA氏にしか書けない、B氏には絶対に書けない」という
  レベルまで追い込んで鑑定をしています。それは、技術もありますが、筆跡というものの
  依って立つ本質への理解力の違いがあるからだと思います。


  警察系やその他の鑑定では、鑑定が成立するのはつぎの三つの要因があるからとしていま
  す。


  1.筆跡個性……筆跡に表れる書き手の個性、「筆跡癖」ともいう。
 
  2.恒常性……何回書いてもほぼ同じ特徴が現れること。

  3.希少筆跡個性……ある人の筆跡に表れる固有の強い特徴。

  これは誤りではありませんが、これらの要素の元になる大事な根本を見落としています。
  それは「筆跡の無自覚性」ということです。つまり、「文字を書くという行為は、ほとん
  ど自覚されないで行われている」という本質の理解が不足しているということです。


  ■ 筆跡の「無自覚性」とは

  「筆跡の無自覚性」と唐突に言われても納得できないのではないかと思います。これは、
  私たちは文字を書こうとするとき、例えば「東京」と書こうということは自覚して書き始
  めます。しかし、具体的に「横画はどの程度の長さにするか」「ハネの強さはどうする
  か」というような具体的な形はほとんど意識していないということです。それを無自覚性
  といっています。


  もちろん、意識がまるっきり介在しないというのではありません。例えば毛筆で書き始め
  をしようとするなら、横画やハネの大きさや形も意識し、実際の運筆(筆運び)も、かなり
  程度は意志の力でコントロールするでしょう。


  しかし、このように自覚して行動するのは現実にはレアケースです。日頃の大部分の書字
  行動は、そのような意識はなく何気なく書いていることがほとんどです。そのように細か
  く意志を働かせなくとも間違いなく書けるのは、文字を書くという行動は、私たちが意識
  しない「深層心理」によって管理されているからできるということです。


  深層心理とは脳科学でいう「潜在意識」とほぼ同意義語です。私の経験では、司法関係者
  には「心理学」という言葉はあまり好まれてはいないようです。その原因の一つは、今ま
  で警察が積極的に取り組んでこなかったことがあるのではないかと思います。そこから、
  心理学というと、何か信用できないといった「いわれなき偏見」があるように思うのです。


  先日、中国の警察学校で筆跡鑑定を教えていたという50代の方と話をしていましたら、
  中国でもよく似た状況だったそうです。もちろん、20年以上前の話ですから現在はどう
  なのかは定かではありません。ただ、少なくとも、現在の欧米先進国ではかなり積極的に
  利用してようです。


  ■ 文字を書くことを含め、行動の大部分は「深層心理」によって管理されている

  ともかく文字を書くという行動を含め、人の行動の大部分は深層心理によって管理されて
  いるということは世界の心理学界の常識です。
  これを、行動レベルでもう一度説明しますと、たとえば皆さんが「10時には事務所に行
  こう」ということは当然自覚しています。しかし、どのように「顔を洗い」「ネクタイを
  締めたか」というような、具体的な行動レベルで見ればほとんど自覚しないで行っている
  ということです。無自覚でも間違いなく出来るのは深層心理によってコントロールされて
  いるからです。


  ということで、筆跡鑑定の原点である、文字を書くという行動そのものが、大部分が無意
  識・無自覚に行われております。そして、この無自覚こそが筆跡鑑定を成り立たせている
  最も根幹のものであります。多くの鑑定人は、この、筆跡の依って立つ根幹を十分に理解
  していないために、ともすれば表面的な鑑定に終始しているということです。それが、筆
  跡鑑定の信頼が限界的である原因の一つと思います。


  筆跡鑑定は、書き手が無自覚性で行っているからこそ、ある書き手の識別がシビアにでき
  ることになります。また、作為のある文字……すなわち、他人の筆跡の偽造や韜晦(とう
  かい…自分の筆跡を隠蔽しようとする筆跡)筆跡の見抜きも高い精度で行うことが出来る
  のです。


  筆跡の無自覚性とは、言ってみれば「筆跡個性」や「恒常性」、「希少性」といった「鑑
  定の七つ道具」を入れたカバンのようなもので、このカバンこそが、鑑定の七つ道具を生
  かす大本になっているのです。


  例えば「筆跡個性」です。これは、人の筆跡には、その人なりの独自の個性があるという
  ことです。それではその個性はどこから来るのかと言えば、それは深層心理からくるもの
  です。ですから、私たちは筆跡の細かな特徴などは自覚していないのです。


  もちろん、筆跡個性や筆跡の恒常性、あるいは、希少筆跡個性が深層心理から生じている
  ことを知らなくとも鑑定はできますが、やはりその根拠を理解しているのと理解していな
  いのとでは、難しい異同判断などの際に違いが出てくることは明らかです。


  ■ 意志の力で行えることと、そうはいかないこと

  鑑定で難しいのは、自然筆跡ではなく作為のある筆跡です。AとBの筆跡にごく僅かな相
  違点しかない場合、その相違点が、深層心理から自然に生じているものなのか、それとも
  意識によって調整された筆跡……つまり作為的なものかの判断が求められます。


  例えば、他人の筆跡を偽造しようとした場合は、犯人は、本人の筆跡を手本にして模倣を
  することになります。このとき、その手本を見て気が付いた特徴は模倣することができま
  す。しかし、気が付かない特徴は模倣することはできません。


  これは、自分の筆跡を隠蔽しようとする韜晦筆跡でも同じことで、「自分はこのような特
  徴のある文字を書いている」という自覚が無くては、それを隠す文字は書けないというこ
  とです。


  筆跡にうまく作為を加えるには、つぎの三つの要件を満たさないとできないのです。

  1、他人なり、自分なりの筆跡特徴が細部までよくわかっている。

  2、それを模倣して書き切るだけの集中力の持続ができる。

  3、様々な文字を書く技量(筆力)がある。

  第一に、「他人なり、自分なりの筆跡特徴が細部までよくわかっている」ことは、普通に
  はあり得ないことです。たとえば、私の住所の「藤」という文字を考えてみても、多くの
  画線がそれぞれどのような特徴を持っているのか、直線なのか、湾曲するのか、湾曲する
  としても右なのか左なのか、というような微妙な特徴を理解していることはありません。


  さらに、画線の組み合わせである「字画構成」の特徴はどうか。画線と画線の接合部はど
  うなっているにか、交差部はどのように交差しているのか、などが分かっている人は普通
  にはおりません。


  しかし、ある人が文字を書いた場合、何回書いてもほぼ同じ特徴が現れます。これは、習
  慣化した深層心理だから出来ることです。
  第二に、仮にその特徴が分かっているとしても、つぎには、その特徴を、意志の力で注意
  力を保って書き切るということが要求されます。これは、多少の個人差はありますが、
  「藤」くらいの画数の特徴を捉えて書き切ることは、人間の集中力から見て一般には不可
  能でしょう。


  そういうことから、模倣は、文字の書き始めや、特に目立つ箇所や、あるいは終末あたり
  の強い特徴などに限定されることが多いということになります。
  第三に、仮に……まさに仮に、以上の二点がクリアされたとしても……あり得ないことで
  すが、第三には、それらの模倣を自然にスムーズに書き切る技量(筆力)がないと模倣は
  うまくいきません。
  わかりやすい例としては、字を書く技量の低い人、つまり下手な人が、上手い人の筆跡を
  模倣することは、どうあがいても不可能だということになります。


  ……ということで、私はこのような知識をベースに、多角的に筆跡個性を分析し、また、
  原則的に複数の資料で筆跡個性を検証しております。その結果、ほとんどの鑑定で、「こ
  の筆跡特徴はA氏にしか書けない、B氏には絶対に書けない」というレベルまで追い込ん
  で鑑定をしていると言えるようになりました。
  とは、言いましても、このような分野の追及は、まだまだ緒に就いたばかりです。筆跡鑑
  定とは、人間の心理と頭脳が織りなす分野への挑戦です。この分野を追及するには、心理
  学からのアプローチがなければ、現状以上の進歩は無いだろうと考えています。

                                             この項終わり
                                             

 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
関連サイト http://www.kcon-nemoto.com

事務所
〒227-0043 神奈川県横浜市青葉区藤が丘2-2-1-702 
メール kindai@kcon-nemoto.com
TEL:045-972-1480
FAX:045-972-1480
MOBILE:090-1406-4899

メールマガジン目次へ戻る

トップページへ戻る

Copyright (c) 2012 一般社団法人日本筆跡鑑定人協会 All rights reserved.