知らないと損をする筆跡鑑定の話 第21話








一澤帆布事件大阪高裁判決の教訓




■ 大阪高裁が指摘した警察系鑑定の問題点

   前号では、最近の大きな筆跡鑑定事件・一澤帆布遺言書事件を取り上げ、大阪高裁
  で逆転判決に至った経緯を述べました。そして、大阪高裁が警察系鑑定人の鑑定を 
  「恣意的であり信頼するに足らない」として退けたその内容を説明しました。 


   大阪高裁の判決文では、警察OB3人の鑑定について、つぎのように指摘しました。


  @文書が偽造されたものである場合、似せて作成するため、共通点や類似点が多く存
   在したからといって直ちに真筆と認めることはできない。


  A類似の文字や状態と印象づけるのに、基準が必ずしも明確でない。


  B文字の選択が恣意的である。


   この三点は、この事件に限らず問題のある筆跡鑑定の多くに共通する問題です。ま
  ず、@の「文書が偽造されたものである場合、似せて作成するため、共通点や類似点
  が多く存在したからといって直ちに真筆と認めることはできない。」というコメント
  です。


   これは、警察系鑑定で主流の「類似分析」の本質的な問題点を指摘しています。類
  似分析とは、文字の特徴を「類似する部分」「相違する部分」に分けて数え、多い方
  に軍配を挙げるという方法です。


   これは、一見公平なように見えます。しかし大阪高裁が指摘したように、これは、
  偽造筆跡には全く無力です。偽造するには、その手本となる筆跡を注意深く観察して、
  一画、一画慎重に模倣するわけです。これを類似分析のような荒っぽい方法で見れば
  同筆となってしまいます。




■ どのようにして偽造筆跡を見破るのか
  
   それでは、私は、そのような疑問のある筆跡をどのようにして見破るのでしょうか。
  これは、具体的に実際の鑑定文字を取り上げながらでないと説明しにくいのですが、
  結論から言えば、私は、字画が単に似ている、似ていないというレベルでは判断を致
  しません。


   そうではなく、この筆跡特徴は、「Aさんにしか書けない、Bさんには決して書け
  ない」というレベルまで追い込んで判定を致します。……どうすればそのような微妙
  な鑑定が可能になるのでしょうか。


   一つは、まず第一に、私は一般には気づかない、極めて微妙な筆跡特徴を特定しま
  す。それは筆者のAさんすら自覚していない特徴です。当然偽造をしようとしている
  Bさんも気づきませんし、大抵の筆跡鑑定人にすら分からないレベルです。人は、こ
  れが癖だなと分からない部分に作為を施すことはできません。


   この微妙な筆跡個性を的確に特定することが第一のポイントです。その大抵の筆跡
  鑑定人にすら分からないものをどうして発見し特定できるのか、ということですが、
  その一つは、鑑定のベースにしている筆者の性格の把握があります。この書き方はA
  さんの性格の反映であり、Bさんの性格とは異なるという裏付けをもとに判断いたし
  ます。


   第二には、そのためには、一文字からの判断では困難なので、少なくとも2〜3文
  字を検査してその特徴を把握するということになります。それでは、他の鑑定人は、
  そのような複数文字の検査はしないのかと思われるでしょうが、当然、行う鑑定人は
  いますが、肝心の性格からの筆跡判断ができませんから真相に迫れないのです。


   ……ということで、これは私だけの特技の分野であり、これを私は「精密鑑定」と
  称しております。しかしここでは、そのような私の宣伝をしようとしているわけでは
  ありません。今回のテーマは、大阪高裁で指摘された「恣意的である」という問題点
  を説明することにあります。


   大阪高裁で指摘された鑑定人の問題点は、第一に「鑑定に取り上げる文字が恣意的
  である」ということです。第二に「筆跡特徴の指摘に基準がなく恣意的である」とい
  うことです。実は、このことは一澤帆布事件に限らず、鑑定書が問題になるケースの
  ほとんどがこの問題です。




  
■ 警察系鑑定の問題点の一つ「取り上げる文字が恣意的である」

   第一の「鑑定に取り上げる文字が恣意的である」ということですが、一澤帆布事件
  では、カギになる「下」という文字に関して警察系鑑定人は、自分たちに都合のいい
  文字だけを取り上げ、ほぼ同数あった都合の悪い文字は無視しました。


   あるいは、「喜」の文字と「布」の文字に異同識別のカギになる相違点があったの
  ですが、これらの文字も無視しました。この二文字は、相手側が指摘して警察系鑑定
  人敗北の主因になりました。


   これは、鑑定の結論と反する文字を取り上げて、解釈を無理に曲げるよりも最初か
  ら「頬被り」してしまった方が無理がなく楽だからです。この「頬被り」は、不正鑑
  定人の常套手段です。


   ですから、弁護士の先生は、相手側からおかしな鑑定書が出てきたら、大事な文字
  を無視していないかどうか、面倒でも丹念にチェックしてみることで相手の問題点を
  発見することがあります。


   私は取り上げる文字についてどうしているのかと言いますと、鑑定資料と対照資料
  にある文字のなかから原則的につぎの基準で選択しています。


  @字形が複雑だったり画数が多く筆跡特徴の出やすい文字。(異同が判断しやすい)


  A出来るだけ複数ある文字。(鑑定の基本の筆跡個性が正確に把握できる)


  B同じ文字が多数あって全部取り上げられない場合は、ランダムに、且つ、公平な基
   準で選択しその旨鑑定書に明記する。(明記することが大切で、でたらめに行えば
   相手から攻撃されることを意味します)




  
■ 「標準逸脱法」により「特徴指摘が恣意的になること」を防ぐ

   つぎに、第二の問題点、「筆跡特徴の指摘に一定の基準がなく恣意的である」とい
  う問題点への対応です。これについては、私は、私の命名する「標準逸脱法」という
  方法を採用して鑑定を行っています。


   標準逸脱法とは、鑑定すべき文字を「手書き文字の標準」と比較して、その標準か
  ら大きく外れた、個性の強いものから順に取り上げていくということです。恣意的に
  流れないように一つの基準を設けているということです。


   この基準にする手書き文字に公的なものがあると良いのですが、それは無いので民
  間の辞典を採用しています。民間のものですが30万部ほど発刊され長年にわたり使
  われていて信頼性の高いものです。


   鑑定は、A文字とB文字が同一人によって書かれたか否かを判断することです。そ
  の時Cという基準になる文字があると、より正確にA文字とB文字の異同判断がつき
  ます。そのCという基準が絶対ということではないので、民間の辞典でも構わないと
  考えています。


   例えば具体的にごく簡単な文字で説明しますと「口(くち)」という文字があります。
  このとき、縦と横のサイズはどのくらいか、というようなことは普通の人は知りませ
  ん。そこで「少し縦に厚いような気がする」というような印象で判断してゆきます。
  筆跡鑑定人も同じで別に間違ったことではありません。


   しかし、書道手本によって「口」字の縦横比は、縦1に対して横1,45程度であ
  ると分かっていれば、より正確な判断につながります。つまり、書道手本というもの
  はこのような一つの基準として活用できるということです。


   そして、実際の鑑定に当たっては、その手本からどの程度外れているのかを基準に
  して筆跡特徴を指摘していきます。つまり、特徴指摘を指摘する一つの基準になると
  いうことで、この方法が万全なものというつもりはありませんが、鑑定人の勘と経験
  だけで特徴を指摘するのに比べれば数段合理的・科学的であると思います。


   少なくとも恣意に任せた特徴指摘にはなりません。聞くところでは、アメリカでも、
  「標準逸脱法」的な方法が筆跡鑑定の最前線だと聞きました。


   最後に、ほとんどの鑑定人の犯している誤りに、「鑑定結果と異なる筆跡特徴につ
  いて説明をしない」ということがあります。民事裁判の考え方として「相手が気づい
  ていない相手の強みを教授することは不要」との原則があります。裁判官や弁護士の
  先生はそれが正しい態度でしょう。


   しかし、鑑定人は異なります。鑑定人は専門技術者として、鑑定の左・右の別なく
  真実を探ることが役目であります。その立場から、全体としては右であるが一部の 
  データに左を指すものがあったとしら、それが鑑定全体に対してどのような意義を持
  っているのか、あるいは意義のないものとすればその理由は何かについて、説明する
  責任があると思います。いわゆる「説明責任」です。


   しかし、このようなケースで、きちんと説明している鑑定書を見たことがありませ
  ん。これでは、専門技術者としての責任を全うしたことにはならないものと考えます。


   何故でしょうか。大阪高裁の判決が指摘するように、「文字の取り上げ方が恣意 
  的」であれ、「特徴の指摘が恣意的」であれ、それは、鑑定人としての役割について
  しっかりした理念を持っていないということが根幹であると考えます。


   承知のうえで「頬被り」する鑑定人は言わずもがな、特に不良鑑定人でなくとも、
  レベルの低い鑑定人の本質的な問題は、“理念がない”ということに尽きるのです。
  これは他人ごとではなく、私もさらに骨肉化する必要があると考えています。


                                  この項終わり



 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
関連サイト http://www.kcon-nemoto.com

事務所
〒227-0043 神奈川県横浜市青葉区藤が丘2−2−1−702 
メール kindai@kcon-nemoto.com
TEL:045-972-1480
FAX:045-972-1480
MOBILE:090-1406-4899

メールマガジン目次へ戻る

トップページへ戻る

Copyright (c) 2012 一般社団法人日本筆跡鑑定人協会 All rights reserved.