知らないと損をする筆跡鑑定の話 第27話





【「スペシャルポイント鑑定」とは】



 ■証人尋問に出席して考えたこと

  先日、東京家裁に証人として行ってきました。遺言書の鑑定をした依頼者の弁護士さん
 からの要請で、筆跡鑑定人としての証言です。勿論、反対尋問と裁判長の補足尋問もあり
 ました。

  反対尋問も比較的アッサリしたもので、少なからずホッとしました。証人尋問は、これ
 で三回目で、あまり慣れたことではないので、多少ナーバスになります。

  ナーバスになる理由の一つは、私の思い込みかも知れませんが、裁判長など司法関係者
 が、心理学的表現を歓迎していないと思っていますので、必ずしも思うように説明しにく
 いということがあります。

  また、あまり、私流の方法論を言うと、警察系の鑑定よりだいぶ先を行っていますので
 異端と見られ、依頼者の足を引っ張らないかという懸念もあるからです。

  私から見れば、今までの筆跡鑑定が警察系の鑑定人が多かったためか、鑑定の手法が古
 く、私とは違い過ぎる面があります。しかし、裁判長などは、今までの手法に馴染んでい
 ますから、あまりも新しい方法を説明して誤解が生じてもよくないと考えるからです。 


 ■鑑定資料の「原本主義」はそれだけの意義があるのか

  その一つに、鑑定資料の「原本主義」があります。もちろん、資料は原本にこしたこと
 はありませんが、今日では、原本とコピーでそれほどの大きな優劣があるわけではなく、
 原本にそれほどこだわる必要はないように思います。

  たとえば、科警研法務文書室長などを歴任した吉田公一氏の著書『筆跡・印鑑鑑定の実
 務』には、コピー資料は不適であるとの説明がありますが、今日の実態からはズレている
 ようです。

  本書は平成16年に発刊されたものです。実際には、それよりも前の実態を踏まえて執筆
 されたものでしょうから、コピーに対する見解としては、今日では実態に合わないものに
 なっているようです。

  当時のコピー技術は、今日のものとは比較にならないほど品質の低いもので、いわば、
 今日のファックスと大差がないようなものだったようです。

  当時のコピーは、複数回のコピーを繰り返すと、髪の毛のような微細な線は消滅してし
 まうなどの問題、あるいは文字のサイズ変化も大きかったようです。

  今日のコピー機は、2〜3回のコピーを経たものでもどれが原本であるか迷うほどの高
 い水準になっております。指紋などの問題を含む刑事事件はともかく、普通の民事事件に
 おいては、さほど原本にこだわる必要はないように思われます。

  原本の主な利点は、@筆圧痕が分かる場合がある、A後から加筆した筆跡は光学的処理
 によりインクの種類の違いが分かることがある、B用紙の種別がわかる等の程度であり、
 これは、現在の民事事件における筆跡鑑定のウエイトとしては、精々数パーセントの程度
 しかありません。


 ■今日の筆跡鑑定の課題

  今日の鑑定は、字画線や字画構成に表れた文字の形、あるいは運筆から筆者を識別する
 ことが中心です。当職の経験では、極めて劣悪なコピー品は別として、コピーだから鑑定
 が困難であったとの経験はありません。

  このように、一部の司法関係者は、筆跡鑑定に係る知識が少なからず陳腐化しています。
 私が証人尋問などでナーバスになるというのは、このような実態から、少々難しいことや
 新しいことを言って、結果、依頼人の足引っ張るようなことになってはまずいと考えるか
 らです。

  私がこのようなメルマガを発信していることも、せめて弁護士の先生方には、今日の新
 しい筆跡鑑定の実際を理解して頂きたいと思うからです。

 筆跡鑑定は、筆跡個性によって筆者識別を行います。具体的にはつぎの通りです。

 @鑑定資料から筆跡個性を発見する。
 Aその筆跡個性を対照資料と比較する。
 B異同を判断する。


  ここでいくつかの問題があります。第一には「筆跡個性」と一口に言いますが、警察系
 の鑑定人などは、これを正しく理解しているのだろうかということです。彼らの鑑定書を
 見てそう思わされるのです。

  筆跡個性とは、筆跡に表れた書き手の個性ということです。筆跡に表れた書き手の個性
 とは、まさに「書は人なり」で、文字には書き手の個性…つまり性格や人間性が表れてい
 ます。

 これは、理屈としては誰でもわかりますが、筆跡鑑定として、具体的にどこまで正しく理
 解されているのかということが問題です。


 ■筆跡鑑定に心理学的掘り下げを

  筆跡個性を分類すれば、少なくとも三つに区分されます。第一は「字形」です。書き手
 の個性が字の形になって表れますが、これは比較的分かりやすい特徴といえます。

  第二は、「運筆」です。運筆とは「筆さばき・筆運び」です。これには、筆順や筆勢も
 含めて分類して良いかと思います。ほとんどの鑑定は、この2要素までは捉えています。

  第三が難しいのです。それは、「字の上手い下手」、「タッチ」、「筆致」という次元
 のものになります。字の上手い下手はともかく、タッチ・筆致となると現在の鑑定ではほ
 とんど取り上げられていません。

  しかし、筆跡に表れた書き手の個性・人間性となれば、突き詰めていくと、究極はタッ
 チ・筆致に行きついてしまいます。つまり、筆跡は、人の無意識の書字行動から生まれる
 ものですから、どうしても「心のありよう」が反映します。

  この「心のありよう」や「性格傾向」は、相当に細かい部分を見る目が無ければ鑑定に
 利用することは出来ません。しかし、タッチや筆致を説明しても微妙なものになり、現在
 の司法では理解されない恐れがあります。

  私は、約25年ほど、「筆跡と書き手の心の状態」の研究をしています。そこから、あ
 る程度は、筆跡特徴と書き手の性格の関係を理解しています。

  例えば、「様」や「都」など偏とつくりのある文字の場合、字画線が衝突したり交差し
 たりする方がいます。本来はぶつからない字画線が、衝突したり交差するわけです。

  普通の人は衝突しないよう注意して書いています。それを衝突させて平気な人というの
 は、ルールに対する感覚が、普通の人と少し異なっているといえます。

  このような特徴は、書き手の内面(こころのありよう)から生ずるもので、明らかに筆跡
 個性ということができます。


 ■「筆跡特徴」と「筆跡個性」は同じものではない。

  私は、そのような裏付けから、「筆跡個性」を捉えて扱うのですが、鑑定書を判断して
 いただく、肝心の裁判官がそこまで理解して頂けるのだろうかと心配して、鑑定書に書き
 込むことはほとんどしていません。

  一方、多くの鑑定人は、そんな区別に無頓着でどのような字形でもそれを筆跡個性と見
 ている鑑定人が多いのです。筆跡に表れた特徴が全て「筆跡個性」というわけではありま
 せん。

  つまり、文字にある特徴があったとしても、例えば、「画線や払いの長さ」、「ハネの
 有無とその強弱」などは……個人差はありますが、かなり変化があるもので、安易に筆跡
 個性と判断しては誤る場合もあります。

  しかし、このような狂いやすい箇所を、筆跡個性と決めつけている誤った鑑定書はいく
 らもあります。筆跡鑑定では「筆跡個性とは書き手の個性」である、という基本をしっか
 り理解していないと誤りを犯してしまいます。

  一方、司法関係者の一部には、このような細かいことや心理学的用語は好まない方がい
 るようなので、説明がしずらいということが悩みです。

  もちろんこれは私の勝手な思い込みの可能性もあります。しかし、最近も、ある弁護士
 さんに、「それは気質の反映である」と「気質」という言葉を鑑定で使うのは如何でしょ
 うかと尋ねたところ、「うーん、できれば使わない方がいいね」と言われました。

  その弁護士さんは、脂の乗った働き盛りの年代で、勝率も高い、つまり、大局判断も局
 面戦術も強い方で、信頼できる方ですが、そのような方でもやはりそうかなと思わされま
 した。

  私のように心理学をかじった人間からすると、「性格」というのは曖昧な言葉ですが、
 「気質」は、性格の基礎をなすもので、学問的にもある程度認められている用語なので、
 大丈夫かなと思ったのですが……。

  心理学がらみの用語は、簡単には使えないことが分かりましたので、これは、十分に時
 間をかけて少しずつご理解いただけるように努力をしていくしかないなと考えています。


 ■最近の改善事例「スペシャル ポイント」

  さて、ここ一年ほど、私の鑑定で留意している事項があります。それは「気づかない筆
 跡特徴には作為は施せない」という原則の活用です。筆跡に何らかの作為を施そうとする
 ……つまり「偽造」や「韜晦」に対応する技術です。

  偽造であれば、「似せて書くので類似点が多くあっても直ちに同筆とは言えない」とい
 うことがあり、韜晦であれば逆に「違うように書くので相違点が多くあっても直ちに異筆
 とは言えない」ということになります。

  有名な「一澤帆布遺言書事件」では、警察系の主流の「類似分析」が破れたのは、偽造
 筆跡に関して「似せて書くので、類似点が多くあっても直ちに同筆とは言えない」と退け
 られたからです。

  このような、作為のあるケースで私が活用しているのが、先ほどの「気づかない筆跡特
 徴には作為は施せない」という原則の活用です。

  つまり、他人の筆跡を偽造する場合は、「これがこの人間の癖だな」と分かる箇所は模
 倣して書くことができます。しかし、分からない箇所は模倣することができません。

  自分の筆跡を隠そうとする韜晦の場合も同じことです。やはり「自分にはこんな癖があ
 る、これを隠さなければ」と分かっている特徴にしか作為は施すことは出来ません。

  例えば「月」という字なら、「字形が角張っている」とか「強いハネ」などは、誰が見
 ても気が付きますので模倣することはできます。しかし、第3、4画の2本の横線はどう
 でしょうか。

  この間隔が広い人、狭い人、左端から右端までキッチリと書く人、小さくチョンチョン
 と書く人……このような特徴も筆跡個性の一つですが、気づく人はめったにいません。文
 字を拡大し指摘されて気づく人がほとんどです。

  つまり、そのような一般に気づかないような箇所に着目して鑑定に生かすということ…
 このような、気づきにくい筆跡特徴を私ども内部では「スペシャル ポイント(SP)」と
 呼んで活用しております。

  過去には、SPは、説明に都合のよい場合に利用するという程度でしたが、最近は、こ
 れを意識的に鑑定に取り入れるようにしています。1文字に1箇所あったとして、10文
 字を鑑定すれば、相当に明確な強い鑑定になります。

  これをしっかり行えば、単に、「A氏筆跡とB氏筆跡は類似している、していない」の
 レべルを超えて、「これはA氏にしか書けない、B氏には書くことはできない」という、
 今での鑑定を超えた強力な次元に進むことができると考えています。

  このように、筆跡鑑定も、まだまだ多くの改善の余地があります。本当は、司法関係者
 が、心理学や脳科学について、積極的な対応をしていただけるともっと掘り下げた鑑定が
 可能になるのですが……。まあ、あわてずに一歩、一歩進めていくしか方法は無いようで
 す。
                                   この項おわり



 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
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