知らないと損をする筆跡鑑定の話 第30話





【筆跡鑑定を難しくしている個人内変動」とは】




 ■インチキ鑑定人の手口は概ね決まっている

  このところ立て続けに3本の反論書を書きました。3本とも同じテーマなので印象が
 強いのです。内容は、私が本人筆跡としたものを否定して別人の筆跡とした鑑定書に対
 する反論です。

  このようなテーマは、相手の鑑定人の誤りは共通しています。つまり、高齢になり、
 乱れた筆跡から相違する部分を指摘して異筆とするというパターンです。高齢化社会で
 もあり、自筆遺言書や養子縁組届での係争が多くなっています。

  これらは80歳以上の高齢者の筆跡が多く、当然ながら筆跡は乱れています。一目見
 ただけでは、強い乱れのためにどれも同じような筆跡に見えることもあります。しかし、
 少し子細に見れば、今度は逆に、同じ人の筆跡でも、字形の違いが甚だしいことがわか
 って混乱させられるということが多いのです。

  誤った鑑定人は、そのような状況に乗じて異筆であると主張します。今、私が「主 
 張」と言って「判断」と言わないのは、それらのベテラン鑑定人が常連で、私は、意図
 的に結論を曲げているものと見抜いているからです。

  それらの鑑定人の行動には共通性があります。表面的な字形の違いを筆跡個性の違い
 と見立てて異筆だと主張します。いうまでもなく、鑑定は、文字の形の違いを検査する
 ことではありません。書き手に固定化した筆跡個性を把握して書き手を特定することで
 す。

  私は反論書の中で「貴職のは筆跡鑑定でなく、字形鑑定にしか過ぎません。筆跡鑑定
 とは字形鑑定ではなく筆者識別が目的です」と言うことになります。


 ■筆跡鑑定の三つのプロセス

  筆跡鑑定は三つのプロセスに分けられます。第一は「筆跡個性の特定」です。第二は、
 特定したその筆跡個性を対照筆跡と比較すること、第三は異同の判断ということになり
 ます。

  この三ステップの中では、最初の筆跡個性の特定が最も重要です。この特定がしっか
 りしていないと、比較も異同判断も意味をなさないからです。それだけにインチキを書
 く鑑定人はそこをごまかします。

  このごまかしに二通りあります。一つは自分に有利な文字しか取り上げないことです。
 しかし、これは、相手に簡単に見抜かれ追及されることが多いので、私が相手をしてい
 るベテラン鑑定人はあまりやりません。

  警察系鑑定人が三人かかって素人に負けたと言われた「一澤帆布遺言書逆転判決事 
 件」は、その初歩的なごまかし行っていて、それが裁判官により退けられた事例です。


 ■人によって大きくことなる個人内変動の状況

  もう一つのごまかしは、筆跡個性でもなんでもない単なる字形の違いを、別人の筆跡
 個性だと主張するものです。単なる字形の違いとは「個人内変動」です。個人内変動と
 は、同じ人が同じ文字を書いたときに生じる字形の違いです。

  人間はゴム印ではありませんから、書くつどに字形が微妙に変化します。これが筆跡
 鑑定を難しくしている要因の一つです。何が難しいのかといいますと、一つは、個人内
 変動は人により違いが大きいからです。

  それこそ、ゴム印の如く安定した人のいる一方で、書く都度に別人の筆跡かと思うほ
 ど変化をする人も居ます。第二には、高齢化などによる変化です。

  人は、年をとると視神経も運動神経も衰えます。肉体的にも、筋肉や関節は固くなり
 ます。細かな字画線が書きにくくなり、また、滑らかさに運筆することが困難になりギ
 クシャクとした筆跡になります。

  また、同時期に書いた文字でもかなりの変化を生じ、見ようによっては、素人には同
 じ人間の書いた筆跡かどうかの判断の付きにくい状態が生れます。インチキ鑑定人はそ
 こを突きます。別人の筆跡というわけです。


 ■結局、科学性があるのかないのかの問題です

  そもそも筆跡鑑定では、「同筆」を証明するのに比べ「異筆」を証明するほうが簡単
 です。同筆を証明するにはいくつもの特徴が類似している事実を積み上げないと証明で
 きません。

  しかし、異筆を証明するためには、一つでも明確な相違点があれば主張できるからで
 す。もっとも科学的というためには、単にひとつの相違点を指摘するだけではなく「安
 定した相違」を証明しなければなりません。

  「安定した相違」を証明するには、一文字あるいは一箇所では成立しません。数文字
 あるいは数カ所が同じ相違を示していることで「安定していること」を証明しなければ
 なりません。

  しかし、インチキ鑑定人はそんなことには頓着しません。一つでもあれば、鬼の首を
 取ったごとく異筆だと主張します。

  このあたりのことを「口」という文字で説明します。口という文字の盲点のひとつは
 文字の厚みです。つまり文字の縦横比がどのようなのかということです。「口」字の縦
 横比が規則で定まっているわけではありませんが、書道手本によると縦横比は、横幅1
 00に対して縦の厚みは62程度です。つまり62%ですね。

  ある方がこれを90%程度に書いていたとして、これは、この方の筆跡個性なのか、
 はたまた、個人内変動なのかということです。……いうまでもなく、これは一字では判
 断できません。


  少なくとも3〜4文字を並べてみて観察しなければ、これはどちらとも言えないわけ
 です。しかし、インチキ鑑定人は、一文字で判断し、筆跡個性が違うので別人の筆跡だ
 というわけです。

  言うまでもなく、これは科学的な態度とはいえません。しかし、インチキをする鑑定
 人は、ほとんどがこの手を使います。


 ■個人内変動の出やすい箇所、出にくい箇所

  個人内変動については、変動の出やすい箇所と出にくい箇所もあります。例えば字画
 線の長さや、払い線の長さなどは変化しやすいものの代表です。
 例えば「大」という文字なら、横画の長さや左右の払いなどはよく変化します。

  特に左右の払いは、気分が良いと伸び伸びと長めになり、気落ちしていたりすると短
 めになります。しかし、横画の上に二画が突出しますが、この突出の長さなどは、比較
 的安定しているものです。

  このような傾向は「大」字だけではなく、横画を書いた後に縦画を書く「木」や  
 「夫」などの文字でも同じような傾向があり、長く書く人も短く書く人も概ね類似した
 傾向になるものです。

  私は、このようなありようについて、23年ほど専門的に研究していますので、多く
 の鑑定人よりは実態を掌握しています。「大」字は一例で、比較的個人内変動の出にく
 い箇所は色々ありますが、少し専門的になりますので、今回はこのあたりで止めたいと
 思います。

 最後までお読みいただいて有難うございます。
         
                                  この項終わり


 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
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