知らないと損をする筆跡鑑定の話 第31話





【遺言書偽造にも高齢化の波?】




  ■筆跡鑑定はどの程度知られているのか

  はじめにトピックを一つ。平成25年10月、成人男女1000人にアンケート調査
 をしました。テーマは「民事裁判で、遺言書や契約書に疑問があるとき、筆跡鑑定をす
 ることは知っていますか?」というものです。 

  結果は何と40歳代以上の男女平均で、54.5パーセントの人が知らないというもの。筆
 跡鑑定を使うことがあるのを過半数の方が知らないというのです。これは驚きました。
 鑑定人の存在などさらに知られていないでしょう。

  筆跡鑑定をテーマにニュース番組を作りたいというテレビ局があり、体験者など紹介
 して、構想を練っている段階ですが、問題を抱える人が少なくない現実から見て、お知
 らせする価値が十分にあると思われます。

  ところで、高齢化社会もいよいよ本番で、団塊の世代も60歳代後半に突入しました。
 今まで団塊世代は、亡くなる人を見送る側だったのが、そろそろ、見送られる側に回る
 人も出るようです。

  それはともかく、今まで親が亡くなり遺言書問題に直面する方は40歳代、50歳代
 が中心でしたが、最近は60歳代の人も少なくありません。そうなると、遺言書の偽造
 問題なども、今までには無かったおかしなことが起こることもあります。

  今回は、高齢化社会ならではの、遺言書偽造問題をご報告いたします。


 ■都市近郊の土地の値上がりが確執を生む

  事件は東京近郊の農村部で起こりました。土地をテーマにした遺言書問題です。東京
 近郊では、土地の値上がりによって、田畑を少し切り売りするだけ何億円というお金が
 労せずして手に入ります。

  それだけに、昔は長男が田畑を相続して農業を続け、長男以外は涙金で我慢していた
 わけですが、近年は膨大な財産を巡って争いになることも少なくありません。

  10年ほど前の事ですが、私が住んでいるこの横浜市でも、土地の売買代金を巡って
 弟が長男を殺害するという血なまぐさい事件がありました。犯人の弟は、「一緒に農業
 をしてきたのに、兄にだけ大金が転がり込むというのは納得がいかなかった」と言った
 と報道されていました。

  今回の遺言書問題も似たような背景です。中年の女性から電話があって、母の残した
 遺言書が長男の偽造らしいというのです。遺言書と対照する資料を送ってもらって事前
 調査をすると、女性の訴え通りのようです。そこで筆跡鑑定書を作ることになりました。

  長男の対照資料を見ると、年齢は60歳代後半で、これまでにも、兄弟四人で土地の
 配分や分筆登記などをしていて、相続や不動産の処理については中々の知識の持ち主の
 ようです。筆も立ちます。

  余談ですが、偽造は、達筆な人が下手な人の筆跡を偽造することは出来ますが、下手
 な人は、達筆な人の偽造は出来ません。どんなに頑張っても上手い字は書けないので偽
 造は出来ないのです。

  しかし、それほどの差がないと、自分では上手に真似をしたつもりでいますが、私程
 度の書道の素養でも偽造は見え見えということがあります。下手な方は己の下手さ加減
 が分からないのでしょう。

  このような面で、警察系の「類似分析」などの乱暴なやり方に依らずとも、書道家等
 の方が鑑定能力は高いということがあります。ただ、これらの方は、微妙な「筆致」や
 「線質」の違いを見抜くことはできますが、それを、裁判官などに分かるように説明す
 ることが難しいのです。

  これは、私も同じことで、例えば「一」と引いた一本の画線でも、同筆か異筆かは、
 微妙なタッチの違いから簡単に分かることがあります。しかし、鑑定書で「二つの資料
 はタッチが異なる」と説明しても、それが通るとは限りません。

  「どのようにタッチが異なるのか?」ということをわかりやすく説明するのは限界が
 あります。実際は、このようなことも「筆跡鑑定は分かり難い」、「科学的でない」な
 どと言われる一因です。


 ■笑うに笑えない遺言書の偽造

  先の遺言書は、「○○の土地は○○に相続させる。平成○年○月○日 ○岡○○子」
 という簡単なものが2枚あります。最初は、「平成」の文字や名前の文字をオーソドッ
 クスに調べていきました。間違いなく長男の筆跡です。

  その内、おかしなことに気づきました。この長男は筆勢のよい文字を書くのですが、
 ほとんどハネは書かないのです。それは「土地」の「地」で分かります。対照資料に1
 0回も出てくるのです。

  ところが、遺言書の「地」字には強いハネが書かれているのです。「おっ 何だこれ
 は!?」。びっくりして拡大コピーをして調べました。2倍程度の拡大コピーでははっ
 きりしません。

  デジタル顕微鏡で5倍程度に拡大して見ますと……分かりました。何とそのハネは書
 き加えられていたのです。しかもピッタリ接触していなくて加筆したのが見え見えです。

  なーんだ……これはこれは……(笑)の心境です。私も、このところ視力が落ちてきて
 細かい字を観察するときはルーペが欠かせません。この長男も60代も後半で、同病相
 哀れむという状況だったようです。

  母親の筆跡を真似して遺言書を書いたら、ハネが無いのに気付いたのでしょう。そこ
 で母の強いハネを真似して書き加えたというのが真相です。そこまでは上出来です。し
 かし、自分の視力が衰えていることに気づかず、見え見えの偽装になってしまったとい
 うことです。

  今頃は「…トホホ」の心境でしょう。「ルーペを使っての悪事は似合わないし、歳を
 取ったら悪事は無理だなー」、「やはり人間、晩年は周りを喜ばせるようでないといけ
 ないな」というのが私の感想です。

                                  この項終わり

 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
関連サイト http://www.kcon-nemoto.com

事務所
〒227-0043 神奈川県横浜市青葉区藤が丘2−2−1−702 
メール kindai@kcon-nemoto.com
TEL:045-972-1480
FAX:045-972-1480
MOBILE:090-1406-4899

メールマガジン目次へ戻る

トップページへ戻る

Copyright (c) 2012 一般社団法人日本筆跡鑑定人協会 All rights reserved.