知らないと損をする筆跡鑑定の話 第32話





【筆跡鑑定の誤りは何故発生するのか(その1)】



  ■文字は意識できない脳から生まれます

  このところ立て続けに3本の反論書を書きました。3本とも同じような誤りなのでう
 んざりします。内容は、私が本人筆跡としたものを否定して別人の筆跡とした鑑定書に
 対する反論です。

  このようなテーマは、相手の鑑定人の誤りは共通しています。つまり、高齢になり、
 乱れた筆跡から相違する部分を指摘して異筆とするというパターンです。つまり、単な
 る字面の変化を、書き手固有の筆跡個性と誤ってしまうということです。

  今回は、鑑定人の意図的な誤りは別にして、真面目に取り組んでいるのに何故誤りが
 生ずるのか、純粋に技術的な側面に絞って検討したいと思います。つまり、文字が紙に
 記されるまでのファクターの分析です。

  たとえば、「東京」と書く必要があり「書こう」と意志決定をしたとします。意思決
 定とは大げさなようですが、これは、意識できている脳で判断したという意味で言って
 います。

  しかし、私たちが意識で管理できるのはそこまでです。自然筆跡(意識で調整しよう
 としない筆跡)の場合は、そこから先は、自覚できない脳……無意識の脳の働きに任さ
 れます。

  つまり、「東」の第1画・横画をどのような形に書くのか、上に湾曲させるのか下に
 湾曲させるのか、あるいは、左右の払いはどのようにするのか……などは、普通、意識
 で関知できませんし管理もできません。

  それでも書き終えた文字は、ちゃんとした文字ですし、あなたの筆跡個性が表れた字
 形になっているはずです。これは、無意識の脳……「潜在意識や深層心理」ともいいま
 すが、その働きのおかげです。

  つまり、われわれの脳の仕組みは、「この文字を書こう」というのは意識できる脳が
 受け持ちますが、「どのように書くのか」という側面は、意識できない脳が受け持って
 いるということです。

  なぜ、こんな話をするのかと言いますと、これが筆跡鑑定を成立させている最も重要
 な根本原理だからです。

  筆跡鑑定で最も重要な原理は「筆跡個性の恒常性」です。「筆跡個性の恒常性」とは、
 何回書いても、ほぼ同じ字形が表れることをいいます。

  普通に書いた筆跡(自然筆跡)の字形には、意識が介在しておりません。無意識の脳に
 任されているからこそ、「筆跡の恒常性」があるわけです。これは、鑑定人が知ってお
 くべき重要な事柄です。

  しかし、多くの筆跡鑑定人は、この原理を明確には理解していないようです。そこか
 ら、冒頭に述べたように、筆跡個性でも何でもない「個人内変動による特徴」を筆跡個
 性としてしまう誤り犯し、紛争を惹起してしまいます。

  私がここまではっきり言うには根拠があるからです。後に詳しく述べますが、科学警
 察研究所の文書研究室室長まで務め、警察系鑑定人の頂点に立つY氏すら、この誤りを
 犯していました。それは、彼と対峙したある事件で判明しました。

  その事件は、怪文書を巡る事件でしたが、Y鑑定人は、その怪文書からある1字を取
 り出し、8文字もある対照資料と比較して異筆としていました。そもそも、その容疑者
 は乱れの強い筆跡であり、指摘したその特徴は乱れの結果でした。つまり、個人内変動
 です。

  私は、8文字もある対照資料から共通する特徴……即ち固有の筆跡個性を取り出し、
 それを怪文書の筆跡と照合し同筆と判断しました。幸い、裁判官から採用されました。


 ■ただし「作為筆跡」は意識できる脳が関係します

  先ほど「自然筆跡」に対して「意識で調整する筆跡」と言いました。意識で調整する
 筆跡とは、自然のままに任せるのではなく、この筆跡に似せて書こう(偽造)とか、自分
 の筆跡を隠して書こう(韜晦・とうかい)という場合のことです。これらは「作為筆跡」
 とも言われます。

  書道で、手本を見ながら、手本に近づけようとして書くのは普通の学習です。著名な
 人の筆跡を手本にする「臨書」などはその典型で、臨書とは、実態としては「偽造」と
 同じことをしているわけです。

  このような「意識で調整する筆跡」……つまり書かれた文字に「意識が関与する筆 
 跡」は、たとえば「東京」という文字を書こうと思い、それが無意識から浮かび上がっ
 てきてそれを紙に記す、その瞬間に意識で調整を加えるという流れになるわけです。

  ですから、そのようにして書かれた文字は、「無意識(自然)+意識」という活動によ
 って生み出されたものです。いわば、二重の規範によって生み出すわけですから、自然
 筆跡と異なり複雑な作用の産物となるわけです。

 


  鑑定で問題の作為筆跡の場合は、自然らしく見せようとするわけですが、当然のこと
 ながらそう上手くいくとは限りません。「無意識(自然)+意識」で記されることから、
 筆跡個性に「おかしな混乱」が生じることになります。

  たとえば、横画の右上がりの程度が一定せず、時々水平な横画が混じったり、ハネを
 書く筆跡個性の筈なのに、ときにハネがなかったりというような混乱が生じ、それを私
 たち筆跡鑑定人に見抜かれてしまうということになります。

 次回はさらに掘り下げて、この続きをお届けします。

                                  この項終わり




 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会   株式会社・日本筆跡心理学協会 
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)
東京都弁護士協同組合特約店
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