知らないと損をする筆跡鑑定の話 第38話





【筆跡心理学と筆跡鑑定の融合−1】



  私は現在までに、筆跡心理学を25年ほど研究してきました。その一方で、プロの筆
 跡鑑定人として、約10年活動し約1200件の鑑定を行い、鑑定書としては850件
 程度を作成してきました。

  この間、筆跡心理学をベースにした書物を10冊ほど刊行し、その他、アエラ、日経
 ベンチャー等の雑誌に百点ほど出稿してきました。また弁護士さんなどに向けて、筆跡
 鑑定に係わるメール・マガジンを発行してきました。

  私としては、筆跡心理学には、学究的立場で臨み、筆跡鑑定人としては、実務家とし
 ての立場でそれぞれ注力してきました。ただ、筆跡鑑定の司法分野は、わが国において
 は、警察系の鑑定人が先人として実績を積んでいます。その中で、社会的に公認されて
 いるとはいえない筆跡心理学を表に出すことは、様々な面で弊害が予想されます。

  それは、何より、最終判定人たる裁判官や、一部の弁護士さんには理解して頂けない
 だろうということであります。それにより、私の作成した筆跡鑑定書が否定されれば、
 私の立場がないことは当然として、何より依頼人からお金を頂いて行った鑑定が、依頼
 人の足を引っ張ることになりかねません。

  このような弊害が予測されましたので、私は筆跡鑑定書に、筆跡心理学の知見を表現
 することは今まで行っていません。しかし、筆跡から人の行動傾向や性格を読み解く筆
 跡心理学は、筆跡鑑定を進める上で基礎学門として大いに役立つものであることは事実
 です。

  筆跡心理学は、理論的にはかなり進んでいますが、わが国においてはデータによる実
 証が十分ではないことが弱みといえます。それも、筆跡鑑定に対して正面から提案して
 いない理由の一つです。

  しかし、筆跡鑑定について、実態を研究すればするほど、実は「筆跡鑑定や性格診断
 に関わる分野は、本質的には公式化・定数化はできない分野である」ということが分か
 ってきました。このことは、後に具体的に詳説いたします。

  このように共通の課題を抱えた分野であることを認識すれば、米国のように、政府系
 の鑑定人と民間(主に筆跡心理学研究者)の鑑定人が、共に存立し、切磋琢磨すること
 の大切さが分かります。この事実を重視し、ここでは、筆跡鑑定と筆跡心理学の双方の
 内容について検討し、お読み頂ける弁護士先生のご理解を得ていきたいものと考えてい
 ます。

  ここでは、最初に筆跡心理学の概要を示し、つぎに今日の筆跡鑑定の要点と問題点に
 ついて述べる予定です。

  数多くの筆跡鑑定書を書いてきた立場から感じることは、鑑定書をしっかり読む裁判
 官は少数派だなということです。私の鑑定書は、しっかり読んで頂ければ、否定される
 ことはほぼない筈のものです。それだけの信念と技術的裏付けをもって書いております。
 これも後に詳説いたします。

  私は、この活動が営業活動の一環であることは認めますが、それと同じくらい、日本
 の筆跡鑑定の水準を上げて不条理な判決に泣く人を減らしたいのです。ですから、私が
 開発した鑑定技法なども惜しみなく公開しています。
 よく、筆跡鑑定にはおのずから限界があるという意見を聞きますが、それは、私からす
 れば、しっかり読まないこと、あるいは理解しないこと、それを惹起してしまうレベル
 の低い鑑定書のせいだと思っています。

  私から言わせれば、筆跡鑑定とは、そのように、曖昧なものでもいい加減なものでも
 ありませんし、しっかり読んで頂ければ、頼りになる、結構面白いものではないかと思
 います。私が作成する大部分の鑑定書は、Aさんにしか書けない、Bさんには書き得な
 いものであるというところまで追い込んで鑑定をしています。

  弁護士先生に失礼かも知れませんが、裁判官に鑑定書をしっかり読ませることが「勝
 てる弁護」につながるものと考えています。裁判官が鑑定書から逃げることを許さない
 弁護士先生の迫力は、弁護士先生が、鑑定の実体をよく知っていることから生じると思
 います。また、筆跡心理学のような、ベースになる知見も大切なものと思います。本メ
 ルマガをその一助にしていただきたいものと期待しています。


  第1章  筆跡心理学の概要

  ■世界における筆跡心理学の位置づけ

  筆跡心理学は、世界的には「グラフォロジー(Graphology)」と呼ばれています。その
 中心テーマは筆跡から書き手の性格を分析することです。ヨーロッパでは非常に発展し
 ていて、パリには「フランス・グラフォロジー協会」があり、ヨーロッパのグラフォロ
 ジーの総本山のように位置づけられています。

  ところでグラフォロジー(Graphology)とは、グラフィック(Graphic)…「図形」と
 サイコロジー(psychology)…「心理学」の合成語で、日本語にすれば「筆跡心理学」
 となります。

  ヨーロッパの中でも、フランス、ドイツ、イタリーなどは特に盛んで、国際学会など
 も頻繁に開かれているようです。中でもフランスは、「グラフォロジスト(筆跡診断 
 士)」は、第1種はフランス・グラフォロジー協会が認定しますが、上級の第2種は、
 弁護士などと同じく国の認定する国家資格になっています。この資格がないと、司法関
 係の筆跡鑑定はやってはいけないようです。

  「フランス・グラフォロジー協会」のこれまでの役員には、アンドレ・ジード、アル
 バート・シュバイツァー、アンドレ・モーロア等、ノーベル賞受賞者や第1級の知識人
 が目白押しということでわかるように、非常に権威ある団体です。

  このフランスの国家資格制度は、イタリーにも受け継がれ、イタリーでは2013年
 に上級のグラフォロジストが、国家資格になり、やはりこの資格がないと司法関係の筆
 跡鑑定はできないようです。しかし、この上級のグラフォロジストは500人もおり、
 裁判所から鑑定の依頼を受けるのは、なかなかに狭き門だと聞いています。


  ■アングロサクソン系の国々ではやや不熱心

  アメリカやイギリスなどアングロサクソン系の国々では、仏・独・伊などに比べると
 筆跡心理学にはやや冷淡のようです。しかし、それでもわが国ほどではなく、アメリカ
 などは最近結構活発化しているとも聞いています。

  私どもで顧問をしている稲垣好子さん(サンディエイゴ在)は、アメリカで、コンサ
 ルタント会社の運営する筆跡による性格診断業務に従事したことがあり、3000人程
 度は、企業の要請による診断を担当したそうですから、筆跡心理学に冷淡といってもわ
 が国とは比較にならないようです。

  だいぶ古い話になりますが、私は日本能率協会で講師をしていたことがあります。そ
 のころ聞いた話です。日本能率協会がわが国の代表的な企業の人事責任者を引き連れて、
 欧米の社会人研修事情を視察に行きました。

  イギリスに行った時の話です。双方から10人程度出席して意見交換会を行ったときの
 こと。彼らの一人がこういったそうです。「わが国は、筆跡心理学には冷淡で活用して
 いる企業は5パーセント程度であるが、大陸(仏、独など)は、熱心で企業の8割程度は
 活用している」


  ■日本能率協会の担当者もビックリ

  日本能率協会の担当者も大手会社の社員も「筆跡心理学」など聞いたこともなかった
 ので、「それは筆跡と性格の関係の学問か?」と、目を白黒させて質問したそうです。
 これは、私がその分野に携わっていることを知っている日本能率協会の職員が私に教え
 てくれた話です。

  フランスでは、企業の7〜8割は人事面でグラフォロジストを活用しているようです。
 また、大学には必ずグラフォロジストがいて、学生の進路指導などに当たっています。
 民間でも子供の将来性などについて、グラフォロジストのアドバイスを受けることはご
 く普通のことのようです。

  私は、08年に、アルマーニ・ジャパンのクリスマスパーティで、筆跡診断をする機
 会がありました。そこでアルマーニ・ジャパンの社長(日本人)の筆跡を診断しました。
 そのとき伺った話ですが、ミラノの本社では、社員の採用に当たっては、最後には必ず
 グラフォロジストに診断をしてもらい、その報告書(A42枚程度)によって採否を決
 めるそうです。これは、フランスの実情とほぼ同じ状況のようです。


  ■欧米の筆跡心理学の歴史

  筆跡と性格の関係については、ローマ時代にはすでに研究されていたという記録があ
 ります。欧米における筆跡と性格の研究は、1622年にイタリア人・カミール・バル
 ディ(Camillo Baldi)の『手紙によって書き手の素行や性格を知る方法』
 の著作が最初と言われています。

  バルデイは、ボロニア大学の教授であり有名な学者でした。彼は、全ての人は独自の
 書き方をしていて、他人が真に真似をすることはできないこと、繰り返し表れる特徴に
 注意するべきことなどを指摘しています。

  その後、ゲーテ、バルザック、ジョルジュ・サンドなどの一流の作家が興味を持ち何
 らかの研究をしたと伝えられています。

  日本では、筆跡…「文字」は、その美しさや芸術性という方向への関心が強いのです。
 これは、文字が大陸から文化の一環として伝来し非常に尊重されたこと、日本人独特の
 感性の高さなどから生じたようで、中国などとも異なるわが国独特のもののようです。

  そのような側面もあり、わが国では、文字についての心理的なアプローチや分析は、
 あまり発展しなかったようです。欧米では、文字は実用的な価値を重視しているようで、
 カリグラフィーなど装飾的なものも少しはありますが、それよりは書き手の性格の分析
 など、心理学的な方向への関心が強いようです。


  ■ゲーテも筆跡心理学を研究

  ゲーテは、1820年の友人への手紙のなかでつぎのように書いています。「人間の
 筆跡がその人の感覚の状態や性格に関係を持つということ、そしてそこから、少なくと
 も『その人の生存し行動するやり方のある予感』を感ずることは疑いありません。

  それはちょうど、人の外観と特徴のみならず、表情、音声、はては身体運動も重要な
 ものとして、また全個性と一致するものとして認識せざるを得ないことと同様なことで
 す。しかし、人はこれについてこまごまと語るでしょうが、このことを、特定の方法的
 連関において果たすことは何人もまず成功しまい」(黒田正典『書の心理』より)と述べ
 て、筆跡は書き手の性格と密接な繋がりを持っているといっています。

  「その人の生存し行動するやり方のある予感」というのは難しい表現ですが「予感」
 を「予測」と読みかえると、「筆跡の特徴から書き手の将来がある程度予測できる」と
 いうことでしょう。これは、いまや、私たち筆跡アドバイザーが行っている「筆跡診 
 断」そのものといえます。

  ただ、ゲーテは、筆跡から性格を見抜く方法の確立は成功しないのではないかと考え
 ていたようです。さすがのゲーテも、その後のグラフォロジーの発達はまでは予測でき
 なかったものと思われます。


  ■ミションの研究『グラフォロジーの実践』

  その後、「グラフォロジー」(筆跡心理学)として¬¬正規に認知されたのは、フラン
 ス人のミション神父(Michon)が1878年に『グラフォロジーの実践』を著した
 ときとされています。

  ミションは、「グラフォロジーの父」と呼ばれていますが、異常な観察力、記憶力に
 恵まれ、生まれながらの経験主義者というべきで、理論に囚われず、筆跡を集め観察し、
 確かめ、整理して記録しました。
 
  彼のグラフォロジーは、「符号理論」と呼ばれます。筆跡に表れる特定の符号(Si
 gne)は、性格における特定の性質と対応するものである、つまり、筆跡に特定の符
 号があれば、それに対応する特定の性格があると考えたのです。これは、後に詳述しま
 すが、わが国における筆跡心理学の創始者・森岡恒舟先生の方法とよく似ています。

  グラフォロジーに関してミションに次いで著名な貢献者はクレピュー・ジャマン(C
 repieu Jamin)です。彼は、ミションの弟子であり、英国に大きな影響を
 与えた筆跡学者です。
 
  クレピュー・ジャマンは、「筆跡には人の行動の図形的な固定がある」と考えました。
 これは現在のわれわれの「筆跡とは行動の痕跡である」という考え方と同じです。

  彼の重要な理論は「合成体の理論」(Theory of rusultants)と
 呼ばれています。たとえば筆跡に「利己主義」、「強い感情性」、「活動性」が見出さ
 れたとすれば、それに基づいて「不公平」という性質が推定されるとします。つまり、
 前者の特性群を第1次性質として、後者の第2次性質を導き出すことができるという考
 え方です。この考え方も、今やわれわれの診断の常識的な方法になっています。

                                 (次回に続く)





 
   東京都弁護士協同組合特約店・日本筆跡心理学協会 
一般社団法人・日本筆跡鑑定人協会
代表 筆跡鑑定人  根本 寛(ねもと ひろし)

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